よし、1つ答えが出た。

 

小さい頃、私が母に言ったことで姉が信じられないほど母から折檻されたこと。

 

新築の引っ越したばかりの家、全面絨毯仕様の床に鉛筆削りの削りカスを姉がぶちまけてしまった。

普通ならそこで親に言えば何とかしてもらえる。普通なら。

うちの親は普通ではないので、バレたら怒られる(殴られる)とみんなで慌ててどうにかしようとしたがどうにもできず。

このまま黙っておこうという姉。もう正直に言ってしまった方がいいという私。

私は末っ子なのもあり、姉よりはだいぶ甘やかされていたみたいだけど当時は(割と今も)その自覚はなく、わざとじゃないんだしそこまでひどく怒られることはないと思い、止める姉の言うことを聞かず母に言いに行った(要するにチクった)。

大きな間違いだった。

何時間かわからないけど姉は打たれ続けた。

怒りでおかしくなっている母親は途中で「こんなにお姉ちゃんが打たれてるのになんで何も言いに来ないんだ」とこちらを責めた。

姉のもとに行くと、洋服はビリビリに引き裂かれ、なおも打たれ続けていた。

ようやく折檻が終わった姉のお尻は物差しの痕でくっきり赤く凹んでいた。

 

完全に私のせいだと思ってた。

もちろん嫌われただろうしたぶん今も嫌われていると思ってる。

姉には今も申し訳なかったと思ってる。

 

でもそれとは違って、やっとさっき整理できたのは、あれは完全に母親がおかしかっただけだということ。

わざとでなく失敗したことに対して、普通の人は怒らない。注意を促すだけ。

怒ったとしても、普通の人は手は出ない。

私の判断も普通の人に対するものであればなんらおかしなところは無かった。

 

あの出来事の私の反省点といえば、思慮や観察が足りなかった事、母が落ち着いたあと家族みんなで和気あいあいとお風呂に入っていたとき、「お尻真っ赤」と笑ってしまった事だ。

小さい頃の私は本当に残酷だった。人の痛みを知らない。私の言動で人がどうなるのか、どう思うのかの想像力が皆無だった。今もそういうところがある。

 

あとはこの先は、つい母親を殺してしまわないように気をつけるだけ。だから早く死んでほしい。

母との良い思い出は沢山ある。私は母っ子だったし、母にかまってもらいたくて仕方なかった。

幼い頃母はおそらく不倫をしていたのだけど、誰にも言わないように言われていたのに、ませていた私は不倫の意味自体は知っていたので、父に母が浮気してるかもしれないとチクった。(またもや)

その後どうなったかは知らないがひと波乱あったようで、当時幼かった私ではなく姉がチクったのだろうと母は思ったみたいで、姉に対する当たりがその後強かったらしい。(後から知った)

で、私が中学生くらいの時、不倫相手の男の呼び名を覚えていたので、母に「そういえば〇〇って誰だったの?」と聞いてみたらノーコメントだった。

そこから私への当たりが徐々に強くなっていった気がするなー。

 

クソな女の腹から生まれただなんて最大の不幸からの始まり、そのクソによって更に痛めつけられどん底まで落とされた。

ただただ願うのは早く死んでほしいということだけ。

生む予定のなかった人間に人生めちゃくちゃにされたと思ってたんだろうねきっと。いや思ってなくてもいいけど。どうでもいい。

今はだいぶ落ち着いてる(我慢してる)っぽいし、私には"気を遣ってる"らしい。

わざわざ気遣ってあげてると何回か言われたことがあるけれど、人間の質が悪すぎて閉口する。口ききたくない。よく姉は普通に話せるよなぁ…

 

母が具合が悪いとか言うと、大丈夫?と口では言いつつ早く死ねと思ってる。たぶん伝わってる。伝わってなくてもいい。無意識のところに届いているとは思う。理解できるまでだいぶ時間がかかると思うけど。

母は何故か私らから好かれてると思ってるらしい。

おめでたい頭でどんなに賢いこと言ってても何もかも無価値に聞こえるわ。